the orange blessing

「これから一緒に海に行きませんか?」
思い切って先輩に声をかけてみた。
「うん、いいよ」
間髪入れずに返ってきた言葉は
驚くほど呆気ないものだった。

もともと眼鏡をかけた女性が好きだった僕は
大学に入学してすぐに出会った
この眼鏡のよく似合う先輩に
少なからぬ好意を抱いていた。
でも海に誘ったのは何か意図があったわけじゃない。
先輩と僕が通うこの大学は
海のすぐ近くという極めて珍しい立地で、
他に誘うべき適切なスポットもなさそうだったので
歩いてでも行ける場所にしただけだった。



東向きのこの海に陽が沈むことはなくて、
せっかくの夕暮れ時だと言うのに
その海は望ましい像とずれている印象を与えた。
砂浜に散らばるゴミもかなりの量で
いい雰囲気とはお世辞にも言えなかった。

そんな海のことや普段の何気ない話が途切れて数分、
背中に感じる太陽のあたたかな視線だけが心地よかった。
それはたわいもないことだったけれど
先輩に言いたくて先輩の方を向いて声をかけた。
「ねぇ、先輩……」



陽が沈む場所が水平線であろうが
あるいは高層ビル街の谷間であろうが
夕焼けの色は変わらない。
海岸から西に見える山の稜線に沈む太陽も
もちろんこの世界をオレンジ色に染めた。
先輩の素敵な眼鏡のレンズも
この夕暮れ時の一部として
透明のオレンジ色に輝いていた。
先輩の色白の綺麗な肌も
ほんのりと夕焼けの色に染まっていた。

「そろそろ帰ろうか」
と言って海に背を向けた先輩を僕は引き止めた。
夕焼け空が先輩の頬に口づけしたように思えて
なんとなく僕は嫉妬していたのかもしれない。
好意を抱いてるとは言っても
知り合って間もない先輩に
伝えるべき言葉は見つからなかったのに。
「ちょっとだけ待ってください」
その一言は止まらなかった。
波の音をかき消すほどに
心臓の鼓動が強まる気がした。
一瞬の後、先輩の顔が僕の目の前に近づいてきて
二人の眼鏡と二人の唇がほんの少しだけ触れた。



帰り道、先輩は冗談のように笑いながら言った。
「今度からコンタクトにしなきゃかな」
僕は慌てて応えた。
「ダメですよ! そんなに似合ってて素敵なんだから」

もう陽は沈み切っていて
辺りは暗くなってしまっていたけど
僕にははっきりとわかった。
その頬がさっきの夕焼けの色よりも
もっとずっと美しく染まっているって。

World With Words / Tomo