透明なモノタチ

その透明な箱はずっと昔からそこにあるように

ただ静かにそこにあった。

所々うす汚れてはいたが

すべてを受け入れる○○と何者も受け入れない△△を兼ね備えている。

全ての願いをかなえる魔法の箱。



昔々にその箱はヤートという町の至るトコロにあって

それぞれの住人が使いたい時に使いたいように使っていた。

使い方は簡単で、箱に向かってお願い事をするだけでよかった。



ある時は

隣にすんでる幼馴染と口げんかをして気まずくなってる時に

「明日は笑ってごめんねって言えますように」

とお願いすると、次の日には素直な気持ちになっていて

いつものように手を繋いで原っぱに遊びにいける。



また、ある時は

「毎日、僕の家の前を散歩しに通る彼女とお友達になりたい」

とお願いすると

次の日には昔から知ってる相手のように玄関先で笑い話ができる。



みんなそんなふうだった。

そんなふうに幸せだった。


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とある木の葉舞い散る秋の日。

南の方からきたシルクハットをかぶった背の高い男の人が

ヤートの町にやってきた。

彼はその箱を見たこともなかったらしく

ひとしきりしげしげと見つめ

町の人に使用方法や使用ルールをたずねた。

なんでそんな事を聞くのだろうと思いながらも

通りがかった8丁目のメリーは答えた。

「決まりなんてないよ、お願いするだけでいいんだよ。」

そうすると彼は目を丸くして驚き、大きな声をだした。

「なんだって!?こんな危険なものを無制限に使ってるというのかね?なんてことだ!」

8丁目のメリーは初めは意味がわからなかった。

しかし、彼の話を聞いているうちに

こんな魔法の箱を誰もが自由にかつ無制限に使うことが

とてもいけないことのように思いはじめてしまった。

「じゃあわたし、これから町長のジェイコブに相談してくるわ。」

8丁目のメリーは町長の家に行きシルクハット男から聞いた事情を事細かに話し

今すぐ魔法の箱を集め、大きな銀行の金庫の中に保管し

使用するにはたくさんのお金を必要とするように熱く語った。

若い頃からヤートの町の町長を勤め、人望厚く人のよいジェイコブは

熱心に8丁目のメリーの話を聞き、まずは町のみんなの話を聞くことにした。



8丁目のメリーが町長の家で相談している間に

シルクハットの男は8丁目のメリーをそそのかした時と同じように

「町の人々に願い事がすぐにかなってしまうと脳の病気になってしまうが、願い事が全くかなわないのは心臓の病気になってしまう」

と、遂には尾ひれをつけて言いふらしていた。

素直な町の人々は外で遊んでいる自分の子供が安易に魔法の箱を使い

脳の病になってしまうことをすぐに恐れ始めた。

シルクハットの男が嘘を言っていることなど、想像もしなかったのだ。

そして、町長のジェイコブがタイミングよくみんなの意見を聞きにやってきた時

透明の魔法の箱を必要な時にだけ使えるように保管してくれるように

大人達はみんな口々に頼んだのだった。



シルクハットの男の仕事は宗教を広め、お金をもうけることだった。

願いがすぐにかなえられ、不満などない豊かなこの町では宗教が流行らないと考え

あのような嘘を吹聴したのだ。

透明な魔法の箱がなくなれば

町の人々は仲直りをする方法も知らなければ

思いを伝える勇気の存在すら知らなかったので

みんなの関係は険悪になる一方だった。疑う心が芽生えた。



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透明な魔法の箱を町の金庫へ厳重に保管してから、4ヶ月が過ぎたとある雷の鳴り響く雨の日。

町長のジェイコブは一人頭を抱え、悩んでいた。

一人娘のアネッサが原因不明の病にかかり

瀕死の状態で息も絶え絶えになっていたからだ。

4歳のアネッサはかわいい盛り。

町長のジェイコブは自分の命に代えても彼女を救いたかった。

しかし、いくら神を崇め奉ろうとも彼女の病は一向に回復の兆しを見せなかった。



「あの魔法の箱さえあれば・・・。」



なんども打ち消しては思い悩み、随分と長い間考えた結果

町長のジェイコブは誰にも相談することなくこっそりと金庫の中へ姿を消した。

自分が脳の病にかかろうとも恐れることなく。



翌日、もう何ヶ月も寝込んでいた「はず」のアネッサは、庭でイヌのマリオとはしゃいでいた・・・



その事を境に、町長の周囲の人たちは次々と元気を取り戻していった。

そう、町長のジェイコブは自分の周りの人達が元気でいられるよう

あの魔法の箱を使ったのである。

しかし、町長のジェイコブの身体には大きな変調もなくともに笑顔で過ごしていた。

そして当然のことながら、シルクハットの男の勧めた宗教は

すっかりやめてしまっていた。




一方・・・




ヤートの町では人々は次々と体の不調を訴え

町医者の診療所の前に行列が見かけられるようになった。

ただ、大切な誰かを守ろうと思っただけなのに・・・

ただただ、幸せな今日が明日も続くよう望んだだけなのに・・・

胸の内に恨みにも似た思いを抱えながら、唯一の支えになっていた神へ祈った。






「町長のジェイコブは、あの魔法の箱を自分一人で使っているにちがいない」


3丁目のミノスは確信していた。

町長のジェイコブは町長と言う立場でありながら

自分だけが幸せでいられるよう願ったにちがいない、そう考えた。

3丁目のミノスは町長のジェイコブを心から尊敬していた。

その昔、誠実な町長のジェイコブを見て育った彼は魔法の箱に

「彼のように素晴らしい人間になれますように」と想いをこめて願ったことがあった。

しかし今となっては、その事が火に油を注ぐように

3丁目のミノスの心を怒りで一杯にしていた。

調子のあまりよくない身体に鞭をうち

彼は町の人々に問いかけた。

「何故私達だけが苦しみ、病におびえなければならないのか。

神はいつまでたっても救いの手を差し伸べてはくれやしない。

何故町長のジェイコブだけがあのように幸せそうなのか考えたことはあるか?」

荒廃したヤートの町で生き残った町の人々は

3丁目のミノスの決起に8丁目のメリーを初め大勢が次々と賛同し

町長のジェイコブの家に押しかけた。

始めは数人だった。

3丁目のミノスは怒りに任せ、人々の悲しみを煽りながら町を歩いた。

「あの男は卑怯者だ!万死に値する!」




3丁目のミノスがふと我に返った時には、既に彼の手におえる状態ではなくなっていた。

「さぁ魔法の箱をよこせ!うちの息子を生き返らせろ!

あたしの病を治して!!町長のジェイコブを殺せ!

奪い取るんだ!!透明なあの箱を!」

人々は気が狂ったように口々に叫び

大きく重たい門を押しあけ、家の中へ入っていった・・・




実は、彼らは病を患っていたわけではなかった。

願い事がいつでもかなえられる魔法の箱がもたらしていた日常的な幸福に

ひどく中毒していたのだ。

敢えて言うならもともと病にかかっていた

とも言えなくもないかもしれない。




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その荒れ果てた町の一角に、シルクハットの男は一人立っていた。

街角のはがれかけたポスターをそっと引き剥がし、ため息をついていた。

町に人影はない。



「だから、私の言う通りにすればよかったんだよ。」



結局、人の良い町長のジェイコブは蜂起した町の人々に殺されてしまった。

魔法の箱を手にした人々もまたそれを奪い合い争った。

真っ先に異変に気付いた8丁目のメリーの声にも耳を貸さず。

それどころか、間を割ってはいる3丁目のミノスにすら懸念を抱いた人々は

8丁目のメリーと同じように3丁目のミノスをも殺してしまった。

平和だった町では透明な魔法の箱に執着する人々によって

仲の良かったであろう隣にすむ住人同士までもが争いあった。

目的も忘れ、ただひたすらそれを奪い合った。




残ったのは廃墟と化した町。血で染まった教会。



そして無造作に投げ捨てられたポスターと

踏み潰された魔法の箱「であったもの」だけだった。




*おしまい*

~ no frame ~ / みぅ