lip

日曜日


「唇がちょっとあれてるね」

少し笑いながら彼はそういった

(勝った)と思った


目的のためには手段はなんだってかまわないのだよ


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月曜日


(あーあ今日もつまんない一日だったなぁ…)


仕事からの帰り道に思わず呟きそうになって、慌てて口を押さえる


(危ない、危ない。罰金払わないけなくなるとこだった)


今から二年ほど前に「マイナス発言禁止条例」なるものをあたしが住んでる稚常県で試験的に施行された

なんでも健全な青少年育成のために障害となる情報・文章・はては個人的発言までもとりしまるらしく

人権そっちのけでなかば強制的にはじまったわ

中高校生グループ17人が同級生全員を殺したあの殺人事件がことの発端らしいけど…

交通違反なみに細かく設定された罰金制度がなげかわしい

それに日常をどんなに制限したところで人は別の吐き出し口をみつけていくから

いつまでたってもこの試験的な条例は終わらないし決着もつかないわけです。


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火曜日


まぁそんな感じでいつまでも続く表面・表現的にはすばらしい生活にうんざりしてきててさ

人を殺すとか死にたいとか大それた考えなんてもっちゃいないけど

縛られすぎて言いたいことも言えないし好きな歌だって聞けなくなって

違反をしないためにだれもが愚痴をはじめ笑い話もしなくなった





てか

出来なくなった




だってそれがあたしたちに課せられたルールだから。

現実として犯罪は減ってるのかもしれない

詳しくは教えられてない

でも今は誰もが思春期の子供みたいに壊れそうな感じになってる気がするよ




あれだねー

綺麗な水には魚は住まないって昔誰かがゆってたね



(こんな生活もーうんざり)



また溜息をつきながら心の中で本日何十回目かの悪態をついた時

覚えのないアドレスからのHANTメールが届いた



(あれ?しばらくずっと制限されてて迷惑メールこなかったのに…)



なんだかわくわくした気持ちでメールを開く


《今から送るメールの通りに動けば、マイナス発言禁止条例の抜け道を教えて差し上げます》


ただそれだけのテキストだった



(なんだろ、これ…)


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水曜日


ちょっと好奇心をそそられるメールだったが胡散臭い雰囲気だったので1週間そのままにしていた


(抜け道を教えるってなんだろ…)


悶々とした疑問を抱えながら昼ご飯を食べていると

またメールが届いた



《先日のご契約ありがとうございました。それでは抜け道のための手順を本日よりご連絡させていただきます。まずはお客様ご自身が好かれている異性の方でお試し下さい。良い結果が得られやすいと思われます。お食事でもなんでもかまいませんので、お客様よりお誘い頂き「唇について」ご友人にコメントするように促してください。この際、言葉を使用しての促しは無効となりますので充分ご了承下さいませ。ではまた次回ご連絡させて頂きます。》



(…意味わかんないし。ご契約ってなに?)


とりあえずHANTを鞄にしまい、御飯の残りを食べることにした。





仕事が終わってからふとメールのことを思いだしてまたしっかり読んでみることにした

まぁよく読んだ所で意味がわからないことにちがいなかった


(うーん…)


もしかしてだれかとアドレスを間違っているのかもしれない

間違えてますよとゆう文面のメールを返信してみるが

不明アドレスとしてまもなく返ってきた




唇についてコメントさせるってもなぁ…

うーん…

さんざん考えたあげく言われる通りにしてみようと思った。


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木曜日


決心したものの、あたしには異性のあてがなかった

好かれてるなんてわかんないし…

《前略。先日のメールは読んで頂けましたでしょうか。脱出の件につきましてご連絡差し上げます。条件につきましては先日のメールで記載させて頂いた通りですが、注意点がいくつかございますので・・・・・・・》

注意点ねぇ…

こんなことちゃんと準備すればそれほど注意しなくてもだいじょぶだと思うけどなぁ…


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金曜日


週末はネット友達らとチャットをするために仕事が終わってからパソコンに向かうことが多い

あれ以来メールはきてない

なんだったんだろうなーとか思いつつも、ほとんど興味はなくなっていた

チャットは気楽だ、制限されることもなく顔も知らない人達と楽しく過ごせる

少なくともあたしは楽しい

一人がふと言い出した


「なーオフ会しようや?<all」


その時の気持ちを顔文字で表現するならばこう→Σ(・ω・ノ)ノえ

飲むの好きだからいいけどさー


「でもアレであんまり楽しくできなさそうだよ」


違う一人がENTER


「そん時はそん時」


また違う誰かが発信


見てるだけでわくわくしてきた


「飲み会やろうよっ♪」


あたしはそう言った


「そだねっo(^-^)o」「(゜Д゜≡゜Д゜)エッナニナニ?」「やろー\^o^/」


若さっていいもんだ…

それからしばらくして開催したオフ会で彼に会いました

第一印象は最悪で

彼はあたしの隣の席だったんだけど

にこりとも笑わない…

怒ってはいないが笑わないのだ

かなり不審に思い、ヒトコト聞いてみた


「大笑いとか爆笑とかってします?」


彼はカチンときたのかいつもそうなのかわからないが、ぶっきらぼうにただ


「俺だって笑う」


と言って黙り込んでしまった


すごく興味をもったけれど迷惑そうなのでそれからは話しかけなかった。


すごく無表情だったけど、すごく無言だったけど、気が合いそうな感じだなぁとか思った。


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土曜日


いつものようにパソコンに向かって、チャットルームにはいるといつもたくさんいるたくさんメンバーはほとんどいなかった

2~3人だけいたので、こじんまりと話をしていた。


「あーそうそう。こないだのオフ会後のチャットでトカゲくんが殺菌消毒ちゃんのこといいなぁってゆってたよ~(´∇`)」


殺菌消毒ちゃんがわたし。


(えええ?!)


トカゲくんってどのひとだろう・・・

隣の人がむすっとしていたので何となく楽しめずに終わったのよく覚えている。でもその中で誰と話してどの人が誰とかおぼえてられなかったんだよなぁ・・・


「そっかー。でもあたしどの人かわからないんだよね(;´-`)」


「そうなのー?じゃあまた伝えておいてあげるよー」


と、あたしには珍しく色恋沙汰の話で盛り上がっていたが。


突然チャットルームからおとされてしまった。


あらら・・・と思いながらもどると


『このサイトは条例に違反していますので、閲覧禁止と致します。なお現在接続していた方を含み、過去のログを遡って違反者を取り締まりますので連絡が届き次第指示に従って頂けますよう宜しくお願い致します。』


と掲示され、使用できないようになっていた。


(まさか・・・)


懸念は的中し、先日の県議会でネット上の言動についても制限を設ける事が決定していたらしく、あたし達はまんまと違反者。

チャット仲間とのHANTメールのやり取りでそこまでは判明したものの、あたしは堪忍袋の尾が切れそうになってるとこでかろうじてつながっていた。



(もーーーーーーーーーーーーーーっぜっっっったいこんなのいやだっっっ!!!!!)



罰金を振り込みながらあたしは再度決意したのだ。


(この際誰でもいい、唇についてのコメントをもらおうじゃないか。)



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日曜日



あたしは早速トカゲくんのHANTメルアドを教えてもらい連絡する事にした。

好かれてるとまでも言わない程度でもいい印象がある人の方がいいよねって感じで決定。

トカゲくんは案外近くにすんでる人で、話出したら止まらないのかほんとによく話す(メールは長い)

物腰は柔らかい感じでほとんど怒ったりしない。


(まぁメールで怒る人も少ないと思うけど・・・)


やると決めてからは毎日朝昼晩と一日中メールをした。

とりあえず仲良くならなくてはいけないのだけど、こっちが先に動いてはいけない。だから機会をじっと伺いながらじっと待った。

彼が誘ってくるのをネズミを狙うネコ?の様にじっと待ってた。


正直なところ。

こんな事情がなかったらあたしもこんな風に出来なかっただろうし、彼から連絡が来ることもなかったと思う。

もし普通に連絡が来たとしたらあたしも彼をいいなぁって思うようになってたかもしれない。

いや、今だって嫌いってわけではない。

どっちかってゆうと・・・好きな部類にはいる・・・かな・・・


でも、そんなことを言ってられない。

あたしはこんな息苦しいとこにもう1秒だっていたくないんだ。

目的のためには手段はなんだってかまわない





連休前の夜、トカゲくんからメールが来た。


【今日は早めに帰るつもりですが。○○におしるこ食べれるとこがあるよ。】


冗談交じりに「今日は寒いから、あったかーいおしるこたべたい」ってメールした返事らしい。

きたきたきたきたきたきたきたきたきたきたーーーーーーーーーーーっ!


『じゃあ今すぐに帰りましょう。』


【まじっすか!】


考えてある、寝ずに考えたんだ、大丈夫、きっと上手くやれる。

唇に関してのコメントを言ってもらうだけでいいんだから…

とは思いつつ、嬉しい気持ちで胸がわくわくした。

いやいや、すきとかそうゆうのじゃないから…




待ち合わせ場所に行くと、いつかのオフ会で隣に座って微動だに笑わなかった人が時計を見ながら待っていた。


(はぁ?!)


怪訝な顔をしながら近くに行き、先手必勝。顔をのぞきこんで聞いてみた。


「奇遇ですね」

「・・・。」

「この辺にお住まいだったんですかー」

「トカゲなんだけど・・・。」


我ながらものすごーくあっけにとられた顔をしたと思う。

彼は表情を変えずにそっぽを向いた。少しだけ顔が赤かったようにも思う。


彼がトカゲくん?!


ちょっとびっくりして目的を忘れそうになったが、あたしはまもなく練りに練った作戦を実行にうつした。






「唇がちょっとあれてるね」


少し笑いながら彼はそういった


(勝った)と思った


「リップぬってあげる」


次の瞬間、あっさり。




負けてしまった。




脱出不可能。





でもちょっと悪くない気分・・・







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~回想~



木曜日





決心したものの、あたしには異性のあてがなかった




好かれてるなんてわかんないし…





《前略。先日のメールは読んで頂けましたでしょうか。脱出の件につきましての御連絡です。条件につきましては先日のメールで御連絡した通りですが、注意点がいくつかございますので十分ご確認くださいますようお願い致します。


①コメントは可能な限り否定的な表現を用いて頂けるよう促して下さい。
②基本的にコメントして頂くご友人は異性となっております。
③串カツ屋・寿司屋・ゲームセンター等のアミューズメント施設での促しはお控えください。
④コメントして頂いたご友人に対して特別な感情や異性としてのお付き合いは厳禁とさせていただきます。(唇について否定的なコメントをなされることが、お客様に対してのマイナス発言とみなされます。しかし恋愛感情などが含まれている場合これに限られない為。)
⑤マイナス発言被害者として、同日に被害届を提出いたしますので手続きのために住民票・印鑑・その他本人と確認できる写真入りの証明書をあらかじめご用意下さい。


以上の点が満たされなかった場合、契約解除となり、以後、再契約は不可能(例外はありません)になりますので、お客様自身により再三のご確認をして頂く必要があります。なお当社への問い合わせは一切受け付けておりませんのでご了承下さい。

被害届を提出すると、マイナス発言によりうけた精神的なダメージが自我防衛機制反応によって生活環境に悪影響を及ぼさないように一時的に他県への引越し・しかるべき施設での加療がなされます。この際、一時的にとありますが終了判定については定義された形式が決まっておらず、大多数の方がそれ以後その土地に定住されておられます。

被害届提出につきましては、後日再度御連絡いたします。敬具》




注意点ねぇ…



こんなことちゃんと準備すればそれほど注意しなくてもだいじょぶだと思うけどなぁ…

~ no frame ~ / みぅ